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解説
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APT(Antiplatelet Trialists’Collaboration)とATT(Antithrombotic Trialists’Collaboration)

東京女子医科大学脳神経センター神経内科 内山真一郎

 閉塞性血管障害の高リスク患者における抗血小板療法のランダム化比較試験(RCT)をメタアナリシスにより評価してきたAntiplatelet Trialists’Collaboration(APT)は,抗血小板療法のRCTのみならず抗凝固療法のRCTをも解析対象とする組織に発展したことから,Antithrombotic Trialists’Collaboration(ATT)と改称し,第1回目の共同研究者会議を1997年9月に本部のあるOxford大学で開催し,その時点までに収集されたRCTのメタアナリシスによる解析結果を2002年1月BMJ誌に発表した。著者はAPTの第1回目の解析結果が発表された1988年から共同研究者として参加しており,情報提供やエビデンスの収集と解析に協力してきた。

APTからATTへの変遷─メタアナリシス解析手法の確立

 Oxford大学の統計学者であるRichard Peto教授は,aspirinが心筋梗塞や脳梗塞の再発予防効果があるのではないかと感じていたが,いずれのRCTもaspirinにより心筋梗塞や脳梗塞の発症が減少するものの,単独では統計学的に有意な予防効果が証明できていなかったことから,それらを統合して解析する手法を考案し,オーバービューと呼んだが,現在この解析手法はメタアナリシスと呼ばれている。Peto教授は,このオーバービュー(メタアナリシス)によりaspirinの有効性を証明したとしてアメリカの食品医薬品局(FDA)に申請したが,みたこともない解析手法による成績は認められないとして却下されてしまった1)。しかし,彼は何とか理論の正しさを証明しようと,世界中の研究者を巻き込んだ国際共同研究組織を結成し,データを収集して,大規模な解析を行うことにより有効性を認めさせようと考えた。

 この国際共同研究に参加を要請された各国の研究者はその意義に共感して参加し,この組織はAPTと命名され,第1回目の解析結果は1988年にBMJ誌に発表された2)。しかし,当時はまだ心筋梗塞や脳梗塞の予防に抗血小板療法の適応があるとの認識はコンセンサスが十分ではなく,この論文も広く知れ渡るには至らなかった。そこで,APTはより多数の協力者を募り,さらに多数のデータの収集に努め,第1回目よりはるかに膨大なデータのメタアナリシスを行い,1994年にこの解析結果を3部に分けてBMJ誌に発表した3-5)。この第2回目のAPTの論文は世界中に知れ渡ることとなり,抗血小板療法に関する最も引用頻度の高い論文となり,心筋梗塞,脳梗塞,末梢動脈閉塞症を含む,いわゆるアテローム血栓症(atherothrombosis)における抗血小板療法の有効性は世界共通のコンセンサスとして確立されるに至った。

 APTは抗血小板療法のRCTのみならず,抗凝固療法のRCTをも解析対象とする組織への拡大をめざしてATTと改称し,その第1回目の共同研究者会議を1997年9月にOxford大学で開催した。この会議では,この時点までに得られた抗血小板療法と抗凝固療法のRCTをメタアナリシスにより分析した成績が発表されたが,その第一報として抗血小板療法のメタアナリシスの成績が発表された6)。

ATTの解析対象・対象選択

 ATTでは前回のAPTの約2倍の症例数とイベント数の解析が行われ,287件のRCTに登録された約20万症例が解析対象となった6)。このうち,日本の貢献は6件のRCTに登録された1,458例であり,RCTはいずれも脳血管障害を対象にしたものであったが,冠動脈疾患,末梢動脈疾患,深部静脈血栓症・肺塞栓症の分野の貢献は皆無であった。

 脳梗塞急性期患者については前回のAPTではほとんど情報がなかったのに対して,今回のATTでは4万例の患者と3,500例以上のイベントがデータベースとして収集された。また,75mg未満のaspirin,clopidogrelとaspirinの比較,aspirin単独療法とaspirin+dipyridamole併用療法およびaspirin+糖蛋白IIb/IIIa阻害薬併用療法の比較が新たなサブ解析として行われた。

 今回のATTの解析対象となったのは1997年7月までに報告された,血管障害の既往または危険因子を有し,血管イベントの年間発症リスクが高い(>3%)患者において,抗血小板薬とコントロールを比較するか,異なった二つの抗血小板療法を比較したすべての試験であった。試験は割り付けの予測が不可能なランダム化試験のみを選択し,割り付けのバイアスが混入しやすい交互法や封筒法による試験は除外した。RCTの検索にはMedline,Embase,Derwent,Scisearch,Biosisなどのコンピュータ検索とCochrane Stroke GroupとPeripheral Vascular Disease Groupに登録された試験の検索を行うとともに,雑誌,学会抄録,総説からの手作業(ハンドサーチ)による検索を行い,さらに共同研究者からの情報提供や製薬会社との接触など,あらゆる可能な手段を用いて検索した。

 試験の妥当性を評価するため,ランダム化の方法,割り付けの盲検化,治療期間,観察期間を共同研究者に問い合わせた。200例以上を対象とした試験については,背景因子(年齢,性,血圧,病歴)とランダム化された期日,追跡記録,生じた血管イベントについても尋ねた。さらに,各治療群に割り付けられた患者数と追跡期間中に観察された転帰の数に関するサマリーも提出するよう求めた。200例未満の試験については,サマリーのみ提出を求めた。その結果,抗血小板薬をコントロール群と比較するか,一つの抗血小板薬を他の抗血小板薬と比較した448件のRCTが同定された。検討後,疑問のある場合には試験コーディネーターに問い合わせたが,166件が除外された。そのうち52件はランダム化が不適切であり,24件は妥当性の確認ができず,3件は追跡中の脱落が非常に多く,13件は転帰のデータが回収できず,20件はクロスオーバーデザインであり,54件は転帰のイベントが系統的に記載されていなかった。

APT/ATTに対する評価

 APTおよび現在のATTは非営利団体であり,共同研究者は基本的にボランティアとして活動に参加しているが,イギリスの実証医学のなかから生まれたEBMを実践する代表的な共同研究組織として,イギリスではCochrane Collabolationとともに国策の一環として推進されている側面があり,イギリスの医学研究評議会,脳卒中協会,心臓財団,王立癌研究基金や欧州連合生物医学プログラムなどからの資金援助を受けている。また,いくつかのグローバルな製薬会社も寄付を行っているが,特定のメーカーが有利または不利にならないように,利害の衝突(conflict of interest)については細心の注意を払っている。

 APTおよびATTはコンピュータ検索や共同研究者のハンドサーチなどのあらゆる手段を駆使して,世界中で行われた閉塞性血管障害の高リスク患者における抗血小板療法のRCTを網羅的に収集して解析対象とすることに最大の努力を傾注し,片寄ったデータの収集によるバイアスを極力避け,正しいメタアナリシスの結果が得られることを強く念頭に置いている。APTやATTのメタアナリシスは個人の行ったメタアナリシスではなく,世界中の研究者の共同作業により行われたメタアナリシスなので,公正で客観的な解析結果にならざるを得ないため,最も信頼度の高いメタアナリシスとして評価されている。

文献

  1. Mann CC, Plummer ML. The aspirin wars. Alfred A Knopf Inc, New York, 1991.
  2. Antiplatelet Trialists' Collaboration. Secondary prevention of vascular disease by prolonged antiplatelet treatment. Br Med J (Clin Res Ed) 1988; 296 (6618): 320-31.
  3. Antiplatelet Trialists' Collaboration. Collaborative overview of randomised trials of antiplatelet therapy-I: Prevention of death, myocardial infarction, and stroke by prolonged antiplatelet therapy in various categories of patients. Br Med J 1994; 308 (6921): 81-106.
  4. Antiplatelet Trialists' Collaboration. Collaborative overview of randomised trials of antiplatelet therapy-II: Maintenance of vascular graft or arterial patency by antiplatelet therapy. Br Med J 1994; 308 (6922): 159-68.
  5. Antiplatelet Trialists' Collaboration. Collaborative overview of randomised trials of antiplatelet therapy-III: Reduction in venous thrombosis and pulmonary embolism by antiplatelet prophylaxis among surgical and medical patients. Br Med J 1994; 308 (6923): 235-46.
  6. Antithrombotic Trialists' Collaboration. Collaborative meta-analysis of randomised trials of antiplatelet therapy for prevention of death, myocardial infarction, and stroke in high risk patients. Br Med J 2002; 324 (7329): 71-86.