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解説
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EBMにおけるエビデンスの吟味

東京大学大学院薬学系研究科・医薬政策学 津谷喜一郎

 EBMは,目の前の患者における臨床的疑問(clinical question)の同定からはじまり,その解決を目指した一連のプロセスである。最終的な患者への介入の適応の判断は,臨床医,薬であれば処方医(prescriber)が行うわけであるが,それまでに,情報収集とその批判的吟味というプロセスが必要になる。しかし,多忙な臨床医が関連情報を「くまなく」収集し,吟味することは不可能であり,それらのプロセスは,信頼しうる第三者によって実施された質の高いメタアナリシスやシステマティック・レビュー,さらには治療ガイドラインなどを参考にするとよい。

 質の高いメタアナリシスや治療ガイドラインが存在しない場合や,新しい重要な論文が公表された場合などは,臨床医自身が論文を評価せねばならない局面もあろう。そのためのクライテリアやチェックリストも10種以上でているが,使用が容易なものとしては,ランダム化,盲検化,適切なフォローアップの3つからなるJadadの方法(1996年)がある。また,これからは‘concealment’という言葉に注目して評価するのもよいだろう。日本語で「隠蔵」と訳されるconcealmentとは,ランダム化が崩れないように,臨床試験において介入を与える人にrandom sequenceが知られていないことを指す用語である。通常の二重盲検法であれば,介入者も患者もrandom sequenceを知り得ないためconcealmentは保たれている。これが保たれていれば,一般にその他の指標の質も高いと考えられるため,その論文は参考するに値すると判断してよい。1996年に発表されたランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)の論文を作成・投稿するにあたってのチェックリストであるCONSORT声明(2001年に改訂)にもconcealmentは取り入れられている(http://jhes.umin.ac.jp)。

 また,イベント発症に関するRCT論文を吟味する際,相対リスク減少(relative risk reduction:RRR)で治療のベネフィットを表現し,コミュニケートする場合が多いが,絶対リスク減少(absolute risk reduction:ARR)に置き換えることで,エフェクトサイズの意味が明らかになる。さらに,あと1人を救うために何人治療する必要があるかという考え方(number needed to treat:NNT)を用いると,その実質的意味合いがより明らかになり,コミュニケーションの質はより高まると思われる。同様に,有害事象についても,発症率とともに,何人に治療するとリスクが発生するのか(number needed to harm:NNH)に留意して論文を吟味していただきたい。リスクとベネフィットの両面から吟味が重要であることはいうまでもなく,これらのバランスを十分に考慮して医師や患者は意志決定すべきである。

 EBMは目の前の患者を対象とした一定のプロセスであるが,集団を対象としたEBHC(evidence-based health care)という考え方も最近では重要視されている。集団を対象とした場合には,効率(efficiency)の評価が重要となる。そこで用いられるのは費用対効果(cost-effectiveness)のよしあしである。たとえば,前述のNNTをもとにして,通常治療よりもさらにもう1人の患者を救うためのコストを算出することもできる。医療資源が限られているという考えにたてば,効き目が多少劣っていてもその薬剤を使用するほうがより多くの患者を救うこともあり得るのである。

 現在の日本は,少子高齢化社会で経済の低成長が続き,医療資源の効率的な使用が強く望まれている。個々の患者にとってのベネフィットを最大にしリスクを最小にするためのエビデンスの吟味と同時に,集団としての効率についてのエビデンスの吟味について考えるべき時期に入ったといえよう。そこで意志決定する主体は,個々の処方医,病院でのフォーミュラリー作成者,治療ガイドライン作成者など幅広いものである。時として利害が衝突する場合もあるが,EBM時代のプロフェッションとして,プロフェッショナル・オートノミーを発揮して,解決してもらいたいものである。

 本書は,こうした状況を念頭に置いて編集されており,相対リスク減少(RRR)のみならず,NNTやNNHといった重要な指標も論文ごとに算出してあるので,是非参考にしていただきたい。