軽症心不全へのCRT 適応拡大

2000 年代において,左室駆出率(LVEF)が低下した慢性心不全(HFrEF)患者への両心室ペーシング・心臓再同期療法(CRT)の有用性を示す大規模試験の結果が発表された。
 注目すべき大規模試験として,NYHA 心機能分類I~II の軽症心不全患者を対象としたREVERSE 試験が挙げられる。REVERSE 試験において,CRT は軽症心不全患者に対してLVEF を改善し,心不全入院を減少させた1)。その後も様々な大規模試験のサブグループ解析でNYHA 心機能分類II 度,QRS 幅が150 ms 以上,特に左脚ブロック(LBBB)の患者においてCRT の高い有用性が認められた。
 そのため,日本のガイドラインである「不整脈非薬物治療ガイドライン(2018 年改訂版)」において,① 最適な薬物治療,② LVEF≦30%,③ QRS 幅150 ms 以上のLBBB,④洞調律のNYHA 心機能分類II 度のHFrEF 患者へのCRT 適応をクラスI で推奨している2)

CRT 過小適応の現状

日本では軽症心不全へのCRT 適応拡大がなされたが,欧米においてCRT 植え込みの患者数は増加せず,過小適応が問題となっている3)。日本においては,年間約3,600 症例の患者に新規CRT 植え込みが実施されているが,循環器疾患診療の実態調査であるJROADHF のレジストリーから得られたデータで欧米と比較すると,日本における心不全患者へのCRT 植え込みの実施数は少なく,実際には過小適応となっていることがわかる4)
 また,東北地方における心不全レジストリー(CHART-2)からCRT 適応患者がCRT の植え込みがなされないまま心不全が進行すると予後不良であると報告されている5)。さらに,日本不整脈デバイス工業会による都道府県別のCRT全体の植込台数をみると,都道府県別の100 万人あたりの新規CRT 植え込み症例数が地域によって大きく異なっており,地域格差が存在していることがわかる6)
 CRT 過小適応の理由として,CRT を行っても効果が十分ではないノンレスポンダーが30~40%存在することが指摘されている7)。しかしながら,先述のREVERSE 試験のサブグループ解析によると,ノンレスポンダーのうち半数に“症状が悪化しない患者グループ”が存在した。そして,この“症状が悪化しないグループ”はCRT の効果が十分に得られるレスポンダーと変わらない臨床経過をたどったという結果であった8)。よって,ノンレスポンダーの存在を理由にCRT 適応を過小評価してはならないことがわかる。

心不全におけるCRT マネージメント

CRT の植え込みを過小適応しないようにするため,私は,アメリカ心臓病学会・アメリカ心臓協会(ACC/AHA)の「心不全マネージメントガイドライン2022」におけるCRT 適応のマネージメントを示すフローシートを活用している9)。このフローシートを用いることで,NYHA 心機能分類II 度の軽症心不全患者からCRT 適応患者を見出している。
 またCRT 非植え込み医においても,このフローシートを活用することによりHFrEF 症例における心不全の標準化治療の1 つとして早期のCRT 植え込みの実施が可能であると考える。大規模試験や自験例を顧みても,軽症心不全へCRT を早期実施することで心不全増悪の抑制が可能である。

最適な薬物治療とCRT という個別化治療

LBBB を有するHFrEF は薬物治療 が奏効せず,LBBB を有さないHFrEF より明らかに予後が悪く,LVEF の改善も乏しい10)。この点については,2020 年代のARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)やSGLT2 阻害薬といった新規心不全治療薬が全盛期の時代においてもLBBB を有するHFrEF は予後が悪かったことからも,CRT が必須であると考える11)。ただし,日本のガイドライン[「不整脈非薬物療法ガイドライン(2018 年改訂版)」]にあるように初回心不全から3 カ月間の「最適な薬物治療」を施すことが前提となる。
  このガイドラインにある「最適な薬物治療」の考え方は,患者ごとの個別化治療を目指すことと同義である。つまり,患者個々の血圧,心拍数,腎機能,血清K 値などを十分に検討し,患者の生理的限界を考慮した「最適な薬物治療」を施すことが目標となる12)。よって,薬物治療の最大量がそのまま「最適な薬物治療」という考え方ではなく,患者ごとの個別化治療としての薬物治療を施すことが「最適な薬物治療」である。
 特に,心房細動や慢性呼吸器疾患などの並存疾患を多くもつ高齢者の慢性心不全における「最適な薬物治療」を考える際には,個別化治療という概念は重要である。その点からも,心不全治療を行う中でLBBB を有するHFrEF においては薬物治療からCRT という個別化治療としての非薬物治療へと橋渡しを行うことを推奨する。

アジア人特有のCRT 適応を考える

アジア人は欧米人と比較し,明らかに身長も異なり,小柄である。この点については,CRT 適応を考える際に12 誘導心電図におけるQRS 幅についてアジア人と欧米人との相違を考慮する必要があると報告されている13)。QRS 幅120~150 ms の患者へのCRT を考慮する際には,欧米のガイドラインだけではなく,「小柄である日本人」ということを考え,日本のガイドラインにある中等度の伝導障害を示す120~150ms のQRS 幅を有するHFrEF へのCRT も十分に考慮すべきである。

房室ブロックへのCRT 適応拡大

房室ブロックに対して右室心尖部ペーシングとCRT を比較したBLOCK-HF 試験では,LVEF≦50%の左室収縮不全が軽度の患者を対象にCRT の有益性が示された14)。そして本邦においては昨年(2022 年),房室ブロックを有するLVEFが軽度の収縮不全(LVEF≦50%)の患者に対してCRTが保険償還された。また,先述のACC/AHAの「心不全マネージメントガイドライン2022」では,房室ブロックのようにペーシング依存が予想される患者へのCRT 適応はクラスI となっている。そのため房室ブロックの場合,デバイス治療を行う前に必ずCRT という治療を念頭にLVEF を意識し,デバイス選択をすべきである。

心不全治療における外来診療での注意点

心臓の電気的伝導遅延を整えるためには,薬物治療のみではなく,CRT という非薬物治療を常に考えることが肝要である。私は常にCRT適応を念頭に置き,前述のACC/AHA の「CRT マネージメントフローシート」を活用し,慢性心不全増悪の入院時だけではなく,外来における心不全治療からCRT を考える診療を心掛けている。
 また,ガイドラインにおけるCRT 適応の推奨レベルを示すクラス分類を意識し,患者への説明を行うことも重要である。CRT のクラスI 適応とは,有益である根拠があり,適応が一般的に同意されていることを示す。つまり,ガイドラインがCRT 実施について「行うことを推奨」しており,医師は必ず患者へCRT という治療法を提供する義務がある。この点を怠ることなく,高齢者や並存疾患を多くもっている患者も含めて必ずCRT 治療の情報提供をすることを心掛けたい。
 さらに,CRT 実施の同意に関しては,患者,患者家族,主治医,コメディカルを含めたハートチームで「意思決定の共有」をすることが重要である。特にCRT においては除細動器付き(CRT-D)とペーシング治療のみ(CRTP)があり,除細動器の必要性について十分に「意思決定の共有」を行うことをCRT 植え込みの前に話し合うことを行っている。

まとめ

CRT は,以前の慢性心不全における“最後の砦”のような治療法ではなくなり,軽症心不全におけるLBBB 患者への早期治療として確立している。
 CRT 適応を過小評価せず,早期治療介入できるように慢性心不全のマネージメントを意識し,NYHA 心機能分類II 度の患者を対象に薬物治療から非薬物治療へと橋渡しを行い, CRT のよりよい治療効果を多くの患者へ提供することが重要である。