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第82回日本循環器学会学術集会(JCS 2018)2018年3月23〜25日,大阪
がん関連血栓症(cancer associated thrombosis:CAT)に対する抗凝固療法
2018.4.5 JCS 2018取材班
志賀太郎氏
志賀太郎氏

がんと静脈血栓塞栓症は密接な関係にあり,発症の背景因子や病態を考慮した患者ごとの適切な治療選択が重要-3月25日,第82回日本循環器学会学術集会にて,志賀太郎氏(がん研究会有明病院腫瘍循環器・循環器内科部長)が発表した。

●がんと血栓症は密接に関与

 がん患者の静脈血栓塞栓症(VTE)発症リスクは高く,転移性がんではさらにリスクが増大する1)。がん患者では,血栓塞栓症による死亡が,がんの進行による死亡に次いで多く2),がん患者の生命予後に及ぼすVTEの影響は大きい。また,わが国のVTE患者の3割はがん既往例であること3),深部静脈血栓症(DVT)再発患者ではがんの発症率が高いこと4)など,がんと血栓症の関連性を示す報告は数多く存在する。

がんが血栓症の成因となるメカニズムについては諸説あるが,腫瘍細胞から放出される各種因子を起因とするものがあげられる。腫瘍細胞がプラスミノーゲン活性化抑制因子(PAI-1)を産生し,フィブリン血栓の形成を促進する。また,腫瘍細胞は組織因子を放出し,凝固系を活性化する。さらに,腫瘍細胞はサイトカインを産生することで内皮細胞障害を惹起し,血栓形成を促進させる。これらの要素が複合的に作用し,静脈系血栓,動脈系血栓などの種々の血栓を生じる5)。その他,がん治療によっても血栓塞栓症のリスクが高まる。すなわち,静脈うっ血,入院による安静,手術,中心静脈カテーテル,化学療法,血管新生阻害薬,ホルモン療法などが血栓形成のリスクとなっている。

一方,血小板血栓(platelet rich thrombi)は,間質から出てきた腫瘍細胞を被覆し,血流のずり応力やナチュラルキラー(NK)細胞の攻撃から腫瘍細胞を守り,転移を助けるとの説もある6)。このように,がんの進展と血栓症は密接に関与していることがうかがえる。

●がん関連血栓症(cancer associated thrombosis:CAT)のリスク評価

がん患者では血栓症リスクのみならず,出血リスクも非がん患者の6倍に上ることが報告されている7) 。がん患者では,一般的に凝固系および線溶系の双方が亢進しているが,その度合いは患者ごとに異なり,がんの部位,ステージ,グレード,治療など複数の要素が組み合わさり,凝固線溶系に対してさまざまな影響を及ぼすことが推察される。そのため,すべての患者に対して抗凝固療法を行うことは,出血リスクの問題がありデメリットも大きいが,がん患者の凝固活性を予測するツールがあれば,VTE予防の点で有用となる。

現在,血栓症リスクに関連するバイオマーカーがいくつか報告されており,がん患者のVTE発症リスク評価に応用されている。「Khorana VTEリスクスコア」は,がんの部位(2点/1点),血小板数≧350,000/μL(1点),ヘモグロビン値<10g/dLあるいは赤血球造血刺激製剤の使用(1点),白血球数>11,000/μL(1点),BMI≧35kg/m2(1点)をリスク因子とし,合計点からVTE発症リスクを予測する。さらに,同スコアにDダイマー≧1.44μg/mL(1点)および可溶性Pセレクチン≧53.1mg/mL(1点)を追加したVienna VTEリスクスコアも提唱されている8)。また,出血リスクに関しても,RIETE研究にもとづくスコアリングが提唱されている9)

●CATに対する抗凝固療法

がん患者のVTE治療には,ワルファリンよりも低分子ヘパリン(LMWH)が優れることが示されている。米国胸部医学会によるガイドライン(ACCP2016)10)では,がん患者の下肢DVTあるいは肺血栓塞栓症(PE)に対する抗凝固療法として,ワルファリンあるいは直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)よりもLMWHを第一選択薬として推奨している。

また投与期間については,出血リスクが高い患者に対しても,長期の抗凝固療法を提案している。

手術を行うがん患者に対しては,術前の抗凝固療法を考慮したほうがよいとし,術後に関しても,がんの残存,肥満,VTEの既往がある高リスク患者では長期的に抗凝固療法を継続したほうがよいとしている。

●がん関連VTEに対するDOACの有用性

わが国では,VTE治療に対するLMWHの投与は保険適用されていない。したがって,臨床では未分画ヘパリン,ワルファリン,あるいはDOACのいずれかを使用することになる。このうち,ワルファリンは5-フルオロウラシル(FU)系抗がん剤との相互作用や摂食状況などにより凝固能が大幅に変動するため,がん患者ではコントロールに難渋する。

そのため,がん患者のVTE治療においてDOACの有用性に期待が高まっている。リバーロキサバンを従来療法(LMWHからVKAへ切り替え)と比較したEINSTEIN PE/DVTにおけるがん患者でのサブグループ解析では,リバーロキサバン群で大出血発現率は低下し,VTE再発については従来療法群と同程度であった11)。アピキサバンについても同様の結果が報告されている12)。さらにエドキサバンでは,長期LMWH治療に対する非劣性が示されており13),がん患者のVTE治療において,DOACはLMWHに匹敵する有効性と安全性を示すことが明らかになってきている。ただし,LMWHにくらべエドキサバンで消化管出血が増加したこと,多くの抗がん剤がCYP3A4代謝と関連しているため,薬物相互作用への配慮が必要である。

●まとめ

 がんとVTEは密接に関与しあっている。そこには多くの内因的および外因的な要素が複雑に関わっており,各要素を切り離してリスクを推計することは容易ではない。臨床では個々の患者のリスクを総合的に判断したうえで,適切な治療を選択することが重要である。

文献

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