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第37回日本脳卒中学会総会(STROKE 2012) 2012年4月26〜28日,福岡
新規経口抗凝固療法の課題
2012.5.24
矢坂正弘氏
矢坂正弘氏(国立病院機構九州医療センター)

第37回日本脳卒中学会総会(2012年4月26〜28日)では「心房細動〜抗凝固療法のパラダイムシフト〜」と題したシンポジウムが4月27日に行われた。ここでは,矢坂正弘氏(国立病院機構九州医療センター)が発表した新規経口抗凝固療法導入にともなう課題を紹介する。

●大出血発生時の対処法
大出血を起こした患者に対しては,まず薬剤を中止し止血を十分に行い,循環動態を確保する1)。特に腎排泄型の薬剤の場合には,適切な輸液などにより適切な利尿を図ることで,すみやかに薬効が消失することが期待される。さらに,頭蓋内出血の場合には十分な降圧が重要となる。このほか,服薬後すぐの出血であれば胃洗浄や活性炭投与を行う。 一方,急速に凝固能を回復させる必要がある場合にはプロトロンビン複合体製剤(PCC),遺伝子組み換え活性型第VII因子製剤,新鮮凍結血漿の投与を考慮する(保険適応外)。そのほか,強度の貧血が認められる場合は輸血も考慮される。

PCC投与に関しては,健康成人に第Xa因子阻害剤リバーロキサバン,トロンビン阻害剤ダビガトランを投与後,PCC 50単位/kgを投与したところ,リバーロキサバンではPCC投与後,約15分でリバーロキサバンによるプロトロンビン時間(PT)延長がすみやかに正常化されたことが報告されている2)。なお本報告によれば,ダビガトランでは活性化トロンボプラスチン(APTT)延長のすみやかな正常化はみられなかった。一方,頭蓋内血腫マウスによる検討3)では,低用量(25単位/kg)のPCCでも,ダビガトラン投与後の血腫増大の改善がみられたが,ダビガトラン投与後の出血時間の延長は,PCC 25単位/kg,50単位/kg投与では正常化されず,100単位/kgの高用量投与により正常化された。

すなわち,リバーロキサバンの効果是正におけるPCCの効果には血漿レベル,組織レベルともおそらく解離はないと考えられるが,ダビガトランでは血漿レベルと組織レベルでPCCの必要量が異なると考えられ,注意が必要である。

ちなみに九州医療センターでは,頭蓋内出血患者に対する指針としては血圧を140mmHg未満に下げ,PCC 1,000〜1,500単位を投与して経過をみることにしている。

●新規抗凝固薬はトラフ濃度でも血栓は形成されない
ワルファリンの抗凝固作用は一定であるのに対し,新規抗凝固薬は半減期が短く,血中薬物濃度にピークとトラフがある。トラフの時相で血栓を予防できるのはなぜか。これは,トラフで凝固系がたとえ活性化されても,アンチトロンビン,プロテインC,プロテインSなどの生理的抗凝固因子や線溶系が正常に機能すれば,凝固系にブレーキがかかり,血栓は形成されないためと考えることができる。新規抗凝固薬はトロンビン,あるいは第Xa因子のみを間欠的に阻害する。いわば職人が新芽を剪定するように,活性化されようとする凝固系を間欠的に断ち切ることで,爆発的なトロン ビン産生を抑制するわけである。爆発的なトロンビン産生が抑制されれば,アンチトロンビン,プロテインC,プロテインSなどの生理的抗凝固因子や線溶系は消費されることなく温存され,トラフの抗凝固作用を十分担うことができると考えられる。

●新規抗凝固薬投与下の血栓溶解療法
新規抗凝固薬投与下の脳梗塞患者に対するrt-PA血栓溶解療法は,2011年11月までにベルギー,スペインで計3例報告されている4〜6)。搬送時の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)はすべて30秒台であった。このうち2例は血栓溶解療法が奏効したが,1例は大出血を起こし死亡した。死亡例は発症から治療までの時間が3時間を超えており,おそらく高度の内頸動脈閉塞であったと推測されることから,ダビガトランを服用していなくても転帰は不良であったと考えられる。

また,九州医療センターでは2012年1月,ダビガトラン110mg投与の10時間後に発生した脳梗塞患者に対し,血栓溶解療法を行い奏効した。APTTは37秒であった。ワルファリン服用患者に対する血栓溶解療法はPT-INR≦1.7であれば実施可能とされているが,新規抗凝固薬服用中の場合はどのように行ったらよいか。九州医療センターでは患者の全血凝固時間を指標として,ワルファリンのPT-INR≦1.7に相当するダビガトラン投与時のAPTTはどの程度になるかを検討しており,血栓溶解療法を行う上での一助となることを期待している。同様にリバーロキサバンについても今後検証していきたいと考えている。

●モニタリングとチェック
新規抗凝固薬はモニタリング不要とされているが,裏をかえせばワルファリンでのPT-INRのような指標がないともいえる。ただし,ダビガトランの場合はトラフ時のAPTTが80秒を超えると出血が多いとされており,出血を回避する,つまり安全性をチェックするという観点ではAPTT値を利用することは可能である。リバーロキサバンではプロトロンビン時間が有用な指標となる可能性がある。

一方,凝固系の亢進に関しては,ダビガトラン投与例ではAPTT 30秒台の患者が多数存在するものの,そのような患者がすべて脳梗塞を発症しているわけではないので,APTTなどの血液凝固系パラメータの値は効果(抗凝固作用)の指標にはならないと考えられる。では何を指標にすればよいのか。トロンビン阻害剤は凝固カスケードの中でトロンビンに作用して,フィブリノーゲンからフィブリンへの変換を抑制するため,この反応により産生される物質が少なければ効果が示されていると判断できるのではないかと考えている。

日本血栓止血学会では可溶性フィブリンモノマー複合体(SFMC)を感度のよい凝固系の指標として推奨しており,九州医療センターでは3月から測定を開始し,その可能性を検討している。 第Xa因子阻害剤は凝固カスケードのさらに上流に作用するため,プロトロンビンフラグメント1+2,トロンビンアンチトロンビン複合体(TAT)なども有用になってくるかもしれない。

●投与量の選択
ワルファリンは究極のオーダーメード治療であったのに対して,新規抗凝固薬はレディメード治療といえる。実地臨床では治験と異なりさまざまな患者が存在し,治験では除外されていたような患者,たとえば重度の高血圧患者や,抗血小板薬を併用しているような症例にも遭遇する。また高齢,腎機能障害,低体重といった患者では抗凝固作用が強くなってしまう可能性もある。抗凝固療法を行う以上,出血リスクは免れないが,投与する患者の適切な選択と禁忌などの使用上の注意を厳守することが重要である。

このようなfragile patient(出血リスクの高い患者)への対処法としては,適切な用量にて,血圧などの管理を十分に行いつつ投与する,あるいはワルファリンに切り替えて用量をコントロールするという方法が考えられる。

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