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[ AHA2011 LBCT IV REVIEW ]  寺本民生
residual risk対策への幕開け

心血管イベントの抑制にスタチンが有効であることが証明され,Cholesterol Treatment Trialist Collaboratorsのメタ解析[1]でも平均して22%の有意な心血管イベント抑制効果が確認された。問題は残された78%のリスク(residual risk)である。このセッションでは,residual riskに焦点が当てられた印象が強い。特に,residual riskとして肥満の問題とHDL-Cに関する問題が取り上げられたことが印象的である。

肥満は,すでに全世界的現象であり,今後の人類の健康障害の鍵を握るものとしてWHOでも大きな関心を抱き,今後の最重要課題としているところである[2]。さて,その対策であるが,残念ながら多くの薬剤が開発されては失敗し,現在使われている薬剤も,一般的ではなく,今後起こってくるであろう肥満による健康障害を到底抑えることはできないであろう。そこで,基本に立ち戻って,生活習慣の改善という陳腐な解決法を探ることも重要である。しかし,生活習慣の改善が極めて困難であることは,現在の肥満の爆発的な増加を見れば火を見るより明らかであろう。図に示すように1980年から2008年に至る世界の健康状態を見た調査結果[3]では,どの国もBMIの上昇を示し,とくに高収入国家における増加は顕著である。食事療法と運動療法という生活習慣の改善という治療は,薬物療法と異なり,アドヒアランスを保つことが極めて困難な治療法である。

(図をクリックすると拡大します)
過体重(BMI≥25kg/m2)の発現頻度

Reprinted from The Lancet, 377, 9765, Finucane MM, et al., National, regional, and global trends in body-mass index since 1980: systematic analysis of health examination surveys and epidemiological studies with 960 country-years and 9·1 million participants, 557-67, Copyright (2011), with permission from Elsevier.

POWER
POWERという試験[4]は,電話(月に1回)での指導群と,医療者による対面指導とを比較したランダム化比較試験(RCT)である。結果としては,両群とも有意に体重減少が認められ,両群間には差がなかった。つまり,月に一度程度の電話で十分に体重のコントロールが可能であるという結果である。もちろん,対面指導の有効性を否定したものではないが,電話による指導で十分その効果が上がるということは,医療経済的にも示唆に富む内容である。本来であれば,このような介入による心血管イベントの発症リスクに対する効果を検討すべきであろうが,次のステップを待ちたい。むしろ,その一歩手前のサロゲートマーカー(血圧・脂質・血糖)に対する影響を検討すべきであろう。また,ここには当然のことながら患者の認識の程度の問題など,克服しなくてはならない多くの経済的・社会的問題があることは否定できない。やはり,アドヒアランスの良い肥満治療薬が開発されることが重要であろう。この際に副作用の問題が立ちはだかることは言うまでもないが,おそらく心血管イベントの問題を解決するためには薬剤開発が必須であろう。

Nicholls SJら
一方,HDL-Cについては,CETP阻害薬という新薬によるHDL-C上昇効果をみたNicholls SJらによる試験(NCT01105975)が発表された[5]が,これはサロゲートマーカーであるHDL-CとLDL-Cに対する影響と安全性を見た試験であり,心血管イベント発症に及ぼす効果まではみていない。今後の大規模臨床試験のための下準備ができたというところであろう。この分野の試験として,torcetrapibeが残した負の遺産[6]は大きく,安全性の確保されていない試験はできないということから,CETP阻害薬では安全性をみた試験がこれほど注目されるのである。裏を返せば,HDL-Cの上昇効果を検証できる大規模臨床試験が心待ちされているということであろう。

AIM HIGH
HDL-C上昇による効果をみた試験としてARBITER-6-HALTSという試験[7]が2年前に発表されている。本試験ではナイアシンによるHDL-C上昇が,エゼチミブによるLDL-C低下に勝って頸動脈内膜-中膜(IMT)肥厚を改善したとする結論を導いている。しかし,IMTはいわばサロゲートマーカーであり,真のエンドポイントである総死亡や心血管イベントに対する有効性を示し得ているわけではなかった。この点について検討を加えたAIM-HIGHという古典的なナイアシンを用いた大規模臨床試験が発表された[8]。本試験は3000名以上の低HDL-C血症を示す患者を3年間フォローした試験であり,約25%のHDL-Cの上昇を示したにかかわらず,心血管疾患の発症抑制は認められず,むしろ脳梗塞リスクが増加したことから予定より早く試験が中止された。脳梗塞リスクは必ずしも有意に増加したのではないので,むしろ心血管イベントの抑制効果が全く期待できなかったためと考えられる。この点については新規ナイアシンによる大規模臨床試験が進行中であり,結論は待ちたいところである。

SATURN
スタチンについての議論は,その副作用としての新規糖尿病発症に関する問題[9,10]と,どこまでLDL-Cを低下させることが有効なのかという問題に集約されてきているように思われる。今回発表されたSATURN[11]では,このスタチンの中でストロングスタチンといわれるロスバスタチン(ROS)とアトルバスタチン(ATV)のhead to headの試験である。脂質ではROS群でLDL-C:62.6mg/dL,ATV群でLDL-C:70.2 mg/dL,HDL-Cではそれぞれ50.4,48.6mg/dLと,いずれもROS群で有意に勝っていたが,IVUSによる冠動脈アテロームの変化率には両群間では差がなかった。しかし,二次エンドポイントであるアテローム体積についてはLDL-Cの低下度に応じてROS群で有意に減少していることが確認された。ここには二つの問題が議論できよう。第一に,一次エンドポイントとして変化率をみることがいいのか,アテローム体積をみるのがいいのかという点であり,今後のIVUS試験の立て方に工夫が必要となろう。筆者の印象では,やはり,スタチンによるLDL-Cの低下効果のエビデンスが再確認された形となった感がある。一方,ROS群ではHDL-Cの上昇も有意であり,ここにもresidual riskとしてのHDL-Cがイベント抑制に有効である可能性が示唆されたように思われる。

文 献
1 Baigent C, et al.; Cholesterol Treatment Trialists’ (CTT) Collaboration. Efficacy and safety of more intensive lowering of LDL cholesterol: a meta-analysis of data from 170,000 participants in 26 randomised trials. Lancet. 2010; 376: 1670-81. PubMed
2 WHO: The world health report 2002 - Reducing risks, promoting healthy life
3 Finucane MM, et al.; Global Burden of Metabolic Risk Factors of Chronic Diseases Collaborating Group (Body Mass Index). National, regional, and global trends in body-mass index since 1980: systematic analysis of health examination surveys and epidemiological studies with 960 country-years and 9·1 million participants. Lancet. 2011; 377: 557-67. PubMed
4 Appel LJ, et al. Comparative effectiveness of weight-loss interventions in clinical practice. N Engl J Med. 2011; 365: 1959-68. PubMed
5 Nicholls SJ, et al. Effects of the CETP inhibitor evacetrapib administered as monotherapy or in combination with statins on HDL and LDL cholesterol: a randomized controlled trial. JAMA. 2011; 306: 2099-109. PubMed
6 Barter PJ, et al.; ILLUMINATE Investigators. Effects of torcetrapib in patients at high risk for coronary events. N Engl J Med. 2007; 357: 2109-22. PubMed
7 Taylor AJ, et al. Extended-release niacin or ezetimibe and carotid intima-media thickness. N Engl J Med. 2009; 361: 2113-22. PubMed
8 The AIM-HIGH investagators. Niacin in Patients with Low HDL Cholesterol Levels Receiving Intensive Statin Therapy. N Engl J Med. 2011; PubMed
9 Sattar N, et al. Statins and risk of incident diabetes: a collaborative meta-analysis of randomised statin trials. Lancet. 2010; 375: 735-42. PubMed
10 Preiss D, et al. Risk of incident diabetes with intensive-dose compared with moderate-dose statin therapy: a meta-analysis. JAMA. 2011; 305: 2556-64. PubMed
11 Nicholls SJ, et al. Effect of Two Intensive Statin Regimens on Progression of Coronary Disease. N Engl J Med. 2011; PubMed
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