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[ AHA2011 LBCT I REVIEW ]  後藤 信哉

今回のLate-Breaking Clinical Trials Iでは複数の興味深い臨床試験結果が発表された。もっともインパクトが大きかったのは,新規経口抗Xa薬リバロキサバン(rivaroxaban)を急性冠症候群(ACS)に用いたATLAS ACS 2 -TIMI 51試験であった。他の試験にも共通する事実として,標準治療による血栓イベント発症率が試験開始当初の予想よりも低いことと,抗血栓薬により惹起される出血性イベント発症率が予想以上に多いことが今回のAHAで発表された試験でも改めて確認された。

標準治療の進歩により,かつては数年程度の観察期間内にて多数の血栓イベントを発症した「ACS」,「深部静脈血栓症」,「心房細動」などの症例の予後が良好になってしまった。従来リスクが高いとされた症例群であっても必ずしもイベントリスクが高くなくなったことが,臨床試験による新薬の有効性の検証を困難にしている。特に,抗凝固,抗血小板薬には出血性合併症増加という副作用が必発する。「副作用」とのバランスにおいて「有効性」のインパクトを示すことは極めて困難である。

一連の試験結果は,標準治療が十分効率的になっている現在の医療状況にて,従来型の無作為化二重盲検比較試験による薬剤の有効性,安全性の検証は困難になったことを改めて痛感させた。今後は対象症例の絞り込み,個人の遺伝子情報などの情報も取り込んで個別的に最適な医療介入を探るという方法論を確立させる必要がある。

末尾に本邦未承認ながらLBCT Iで検討された試験薬の日本人におけるエビデンスを附した。

ATLAS ACS 2 -TIMI 51
ATLAS ACS 2 -TIMI 51試験は,「副作用」とのバランスにおいて「有効性」を示すことが困難な時代における今後の新規経口抗凝固薬開発の方向性を示す一種画期的試験デザインが採用された。かつて心血管イベントリスクが一般に高い時代では,何よりも「有効性」の検証が重視された。抗血栓薬であれば,安全性の許す範囲にて可能な限り高用量が選択される傾向にあった。われわれ日本人は,もともと安全性を確保したのちに若干の有効性を求める文化を持っている。「毒にも薬にもならない」とされる薬剤が本邦では多数認可され,実際に使用されていることもわが国の文化の特殊性を示している。本試験では,この一種「日本的な」安全性重視の用量設定がなされた。すなわち,安全性を検証するphase IIの試験で試された用量の中でも最少用量が敢えて選択された。さらに,phase II試験にて試されなかった,極少量すらphase IIIの対象用量とした。安全性を確保するため,有効性を発揮すると想定されるなかでの最小用量にて大規模臨床試験を施行した本試験の戦略は,小さくなってしまった安全性と有効性の隙間を見いだす方法として今後の臨床試験デザインの手本になる。

ACSでは標準治療として抗血小板薬併用療法が施行される。抗血小板併用療法のみにて十分な出血性合併症が惹起されることが理解されている。このため薬剤溶出性ステント後でも抗血小板薬併用療法の継続期間は可能な限り短くしようとの方向にある。rivaroxabanは抗凝固薬であるから追加すれば出血イベントリスクが増加することは自明である。実際,本試験でも重篤な出血イベントリスクはrivaroxabanの追加により増加した。極少量のrivaroxabanであっても,試験対象とされたすべての症例に追加することを推奨することはできない。本試験はrivaroxabanの追加により血栓イベントを避けることができる症例の存在を示したのみである。この点でも従来のEvidence-Based Medicineの方向とは異なる方向の可能性を示した試験である。無作為化二重盲検比較試験にて「極微量のrivaroxabanの追加によりACS症例の血栓イベントが減少する」ことは証明された。この情報はrivaroxabanの認可承認において,ACSを適応症とすることを可能とする。規制当局による認可承認がなされたのちに,臨床医はrivaroxabanの追加によりメリットを得る症例を見いだす努力をすればよい。数年の経験の蓄積ののちには適切な症例選択が可能となろう。

TRACER
TRACER試験も極めて重要な試験であった。この試験では新規経口抗血小板薬(トロンビン受容体阻害薬)ボラパクサール(vorapaxar)の有効性が,ACS症例にて検証された。試験対象はATLAS ACS 2 -TIMI 51試験と同様である。トロンビン受容体阻害薬では,クロピドグレルなどのADP受容体阻害薬に比べ抗血栓効果に比較した出血性合併症リスクが低いと想定されている。Evidence-Based Medicineの世界では,仮説は臨床試験により検証されて初めて受け入れられることになる。本臨床試験の仮説検証における一次エンドポイントは「心血管死亡+心筋梗塞(MI)+脳卒中+虚血再発による入院+緊急血行再建術の複合エンドポイント」とされた。心血管死亡,MI,脳卒中であっても人為的な要素を完全に排除することができないが,本試験では虚血再発による入院と緊急血行再建術をも一次エンドポイントに加えたため,施設間,医師間の考え方の相違の影響を受ける試験となってしまった。

前述のように,ACSといっても真の血栓イベントリスクは減少している。仮説検証を比較的少数例にて行うために一次エンドポイントの幅を広げたのかもしれない。残念ながら,本試験では一次エンドポイントの幅を広げたことが命取りとなった。試験の中途にて,出血性合併症増加を上回るメリットがないとされて試験は中断された。二次エンドポイントである心血管死亡/MI/脳卒中はvorapaxar群にて減少していたので,臨床試験の設計には十分に慎重である必要を改めて痛感させる試験であった。

ADOPT,ISAR-REACT 4,AIDA STEMI
ATLAS ACS 2 -TIMI 51, TRACERに比較すれば,ADOPT,ISAR-REACT 4,AIDA STEMI試験のインパクトは小さい。ADOPT試験では新規経口抗Xa薬アピキサバン(apixaban)の,深部静脈血栓症に対する有用性が従来治療と比較されたが,従来治療に比較したメリットは認められなかった。ISAR-REACT 4試験は,本邦では認可承認されていない経静脈的抗凝固薬bivalirudinと,欧米の標準治療の一つである未分画へパリン/GPIIb/IIIa受容体阻害薬(abciximab)併用療法を比較した試験で,両者には大きな差異がなかった。AIDA STEMI試験も本邦にて認可されていないabciximabの投与方法を検証した試験であり,投与方法による大きな差異はみられなかった。

附 録
LBCT Iで検討された試験薬の日本人におけるエビデンス
(本邦未承認ですのでご注意ください)
PCI施行予定例
抗血小板薬・
血小板GP IIb/IIIa受容体拮抗薬
アブシキシマブ
(abciximab)
JEPPORT
Japanese Evaluation of c7E3 Fab for Elective and Primary PCI Organization in Randomized Trial
急性心筋梗塞,不安定狭心症に対するPCI施行予定の日本人において, abciximabの冠動脈イベント抑制効果は認められず,出血イベントが用量依存性に増加した。
対象: 973例。平均年齢60.2~61.1歳。急性心筋梗塞76~78%,糖尿病30~32%,喫煙率57~67%。
方法: abciximab低用量群;0.20mg/kgボーラス静注後,10μg/分(第1期),0.125μg/kg/分(第2期)で12時間持続 vs 高用量群;0.25mg/kgボーラス静注後,低用量と同用量 vs プラセボ群。
結果: 有効性の一次エンドポイント(PCI施行30日後の冠イベント);低用量群1.6% vs 高用量群4.1% vs プラセボ群3.6%。
安全性のエンドポイント(6ヵ月以内[第1期]または30日以内[第2期]の出血症状および血小板減少症);大出血+小出血,血小板減少症はabciximab群で用量依存性に増加した:Circ J 2009; 73: 145-51.


心房細動
抗凝固薬・
第Xa因子阻害薬
アピキサバン
(apixaban)
ARISTOTLE-J
Apixaban for Reduction in Stroke and Other Thromboembolic Events in Atrial Fibrillation-J
非弁膜症性心房細動の既往があり,脳卒中リスク因子を1つ以上保有している日本人における apixabanの忍容性は良好(第II相試験)。
対象: 222例。平均年齢69.3~71.7歳,保有リスク因子(1:44.6%;≧2:54.1%),CHADS2スコア(2.5mg群1.8,5mg群2.1,warfarin群1.9)。
方法: apixaban 2.5mg×2回/日経口投与群 vs 5mg×2回/日群 vs warfarin群(INR 2.0~3.0)。
結果: aspirin併用率は21~28%。一次エンドポイント(大出血+臨床的に意義のある非大出血):1.4% vs 1.4% vs 5.3%。apixaban群では脳梗塞,全身性塞栓症,心筋梗塞,死亡は認めず,warfarin群では脳梗塞2例,くも膜下出血1例:Circ J 2011; 75: 1852-9.


心房細動
抗凝固薬・
第Xa因子阻害薬
リバロキサバン
(rivaroxaban)
J-ROCKET-AF
J-Rivaroxaban Once Daily Oral Direct Factor Xa Inhibition Compared with Vitamin K Antagonism for Prevention of Stroke and Embolism Trial in Atrial Fibrillation
非弁膜症性心房細動で,脳卒中,一過性脳虚血発作または非中枢性全身性塞栓症の既往,もしくは脳卒中リスク因子*を2つ以上保有する日本人患者でも,本結果に一致してrivaroxabanのwarfarinに対する安全性の非劣性が認められる。
対象: 1,280例。* 心不全,高血圧,≧75歳,糖尿病。
方法: rivaroxaban 15mg/日経口投与群 vs warfarin群(INR 1.6~2.6)
結果: 安全性の一次エンドポイント(大出血+臨床的に意義のある非大出血):18.0/100人・年vs 16.4/100人・年(ハザード比1.11,非劣性のP<0.001)。脳卒中/全身性塞栓症はrivaroxaban群で減少傾向(1.3/100人・年vs 2.6/100人・年(0.49;P=0.050):O-MO-032. M Hori et al on behalf of the J-ROCKET AF study investigators. J-ROCKET AF: the safety and efficacy of rivaroxaban for prevention of stroke in Japanese patients with non-valvular atrial fibrillatim. Abstracts of the XXIII Congress of International Society on Thrombosis and Haemostasis 57th Annual SSC Meeting, July 23-28 2011, ICC Kyoto, Kyoto, Japan. Journal of Thrombosis Volume 9, issue supplement S2.

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