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解説
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PROSPER試験から見えてくるもの

後藤信一(慶應義塾大学医学部内科学)
後藤信哉(東海大学医学部内科学系循環器内科学)

心房細動(AF)患者において,脳梗塞を予防する目的にワルファリンを含む抗凝固療法を行うことは,各国のガイドラインで推奨されている1~4)。しかし,この推奨を支えているランダム化比較試験(RCT)は高度に選択された集団で実施されており5~10),実臨床ではAF患者に対するワルファリン処方の割合は低い11)。本研究は,脳梗塞を起こし入院したAF症例のうち,退院時にワルファリン投与を受けた症例と受けない症例のアウトカムに注目した,前向き観察研究である12)。退院後2年間前向き追跡を行っている。本論文では,ワルファリン以外の抗凝固薬投与を受けている症例は研究対象から除外されている。二次予防,かつ脳梗塞による入院後なので,ワルファリン処方を受けた症例は88%と高い。ワルファリンを処方されていない群でも,89%の症例にはなんらかの抗血小板薬が処方されていた。

 総死亡率,重篤な心血管イベント発現率,在宅期間,虚血性脳卒中発症率がワルファリン群にて低いとされた。本試験では,ワルファリンの投与はランダム化されていない。観察研究であるため,ワルファリン投与の有無は担当医の判断によるバイアスを受けている。観察研究の欠点を克服すべく,年齢,性別,人種,過去の脳梗塞/一過性脳虚血発作(TIA)の既往,冠動脈疾患,頸動脈狭窄,末梢動脈疾患,高血圧,脂質異常症,糖尿病,喫煙,救急搬送手段,来院時のNIHSS,搬送された病院の病床数,病院の脳梗塞症例経験,一次救急施設であるか否か?,AHA/ASA/Joint commission certificate を持った病院であるか,患者の教育水準,患者の居住区など,考えられる限りの因子を用いてバイアスの調整を目指している。Post-hocの努力が行われても,試験デザインの欠点を補うことはできない。

 さらに,本研究のエンドポイントは重篤な心血管イベント,在宅期間,虚血性脳卒中などのソフトエンドポイントが含まれる。重篤な心血管イベントには再灌流療法が含まれる。しかし,再灌流療法を行うかどうかの主治医の判断は,ワルファリンの使用により影響を受ける可能性がある。イベント発症に寄与しそうな因子についての調整を行っても,あくまでも統計学的調整である。臨床医が患者の見かけによってワルファリン投与を決めるとなれば,統計学的調整では追いつかない。今にも転倒しそうな症例であれば若年でもワルファリンを使用せず,元気な症例には高齢でも使用するとの選択は,臨床医の日常的判断である。医師の主観は標準化が難しいので,将来にわたって統計学的に調整可能な因子にならない可能性が高い。前向きのコホート研究により,薬剤介入の転帰に対する効果判定はできない。実臨床に近い条件にて,「脳梗塞により入院した症例の退院時のワルファリン投与の有無が近未来の臨床転帰に影響を及ぼすか否か?」の仮説検証をするのであれば,登録基準,除外基準を緩めたRCTを行うことが最適と考える。

 前向きコホート研究の欠点は利点でもある。RCTではワルファリンの使用はランダム化されているため,実臨床において,医師がどのような理由でワルファリンの適応を決めているかはわからない。仮説検証のためのRCTの登録基準,除外基準は厳しく,実臨床との解離が避けがたい。「脳梗塞にて退院後の症例にどのくらいの頻度にてイベントが起こるか?」などの基礎データの構築には,前向きコホート研究が勝る。本研究では,年齢が高い症例,過去に脳梗塞を経験している症例,過去に冠動脈疾患を経験している症例,糖尿病の症例などにてワルファリンの処方率が低いことがわかる。RCTにもとづいて作成された診療ガイドラインでは,これらの症例は脳卒中リスクが高く,ワルファリンが必要な症例とされているが,現実には高齢虚弱,認知症,抗血小板薬併用などの理由によってワルファリンの処方率が低いと想像される。RCTにもとづいた診療ガイドラインのみにもとづく医療は,標準化こそされ,結果がよいことは保証されない。

 本研究の対象は,脳卒中で入院していた症例である。外来通院中の安定した非弁膜症性AFよりも,血栓イベントリスクは高いと考える。これほどリスクの高い症例であることを反映して,ワルファリン使用例でも退院後2年間に7.9%に脳卒中が発症している。抗凝固薬未投与群では11.8%となる。脳梗塞二次予防のAF患者におけるワルファリン推奨の根拠となったRCTであるEAFT9)では,ワルファリン群の脳卒中発症年率は8%,プラセボ群は年率17%であった。現在の脳梗塞入院後の症例の脳卒中再発率は,それよりは低い。AFを対象とした新規経口抗凝固薬の第III相開発試験は,脳卒中リスクを有するAF症例では総死亡が高いことを示した。本研究でも,2年間の観察期間内の総死亡率はワルファリン投与群32.4%,ワルファリン非投与群50.0%であり,AF患者の死亡リスクの重要性を示している。

 本研究は,米国の実臨床を反映する集団と考えられる。実臨床の対象集団とRCTの対象症例の差異は大きい。AF症例では,脳卒中予防のために安易な抗凝固介入が推奨される傾向にある。しかし,抗凝固療法は凝固異常を正常化する「治療」とは異なる。本来正常な凝固系に人為的に介入して出血傾向を招く介入である。介入により利益を得るか害を被るかの個別予測はできない。RCTによる有効性,安全性の検証は目の前の個別症例における有効性,安全性と直結しない。

 RCTの結果を重視して作成される診療ガイドラインでは,一次予防においてすら抗凝固介入を推奨している。しかし,ガイドラインにて抗凝固薬の使用が推奨されたCHADS2スコア2点以上の症例であっても,その集団における薬剤の有効性,安全性は検証されていない。RCTは,限定した条件の患者集団における薬剤の有効性,安全性の検証には役立つ。しかし,厳密な登録基準,除外基準を満たす症例群において検証された仮説に一般性があるか否かは不明である。新薬開発の第III相試験では,各企業は試験の結果が新薬に有利になるように全力を尽くす。利益企業に勤務するものが,その企業の個別利益の最大化を目指して努力することは当然でもある。新薬開発の第III相試験に組み込まれる症例は世間一般の症例と同一である保証はない。新薬開発の第III相試験が大規模であっても,症例数のみでは結果の一般性を担保できない。そもそも電子カルテを使用する時点にてデジタル化され,完全にコピー可能となっている臨床情報があり,やる気があれば全数調査が可能な現代において,患者集団をランダムに選択して試験用の集団を作る意味は本当にあるのだろうか?RCTの結果重視のガイドラインを鵜呑みにせず,ガイドラインの記載の根拠となる原著論文を批判的に読み,目の前の患者の個別利害を慎重に判断する医師の必要性を示した試験であった。

文献
  1. Guidelines for Pharmacotherapy of Atrial Fibrillation (JCS 2013). Circ J 2014; 78: 1997-2021.
  2. Camm AJ, et al. 2012 focused update of the ESC Guidelines for the management of atrial fibrillation: an update of the 2010 ESC Guidelines for the management of atrial fibrillation. Developed with the special contribution of the European Heart Rhythm Association. Eur Heart J 2012; 33: 2719-47.
  3. January CT, et al. 2014 AHA/ACC/HRS Guideline for the Management of Patients With Atrial Fibrillation: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines and the Heart Rhythm Society. Circulation 2014; 130: e199-267.
  4. Guyatt GH, et al. Executive summary: Antithrombotic Therapy and Prevention of Thrombosis, 9th ed: American College of Chest Physicians Evidence-Based Clinical Practice Guidelines. Chest 2012; 141: 7S-47S.
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  11. Goto S, et al. Prevalence, clinical profile, and cardiovascular outcomes of atrial fibrillation patients with atherothrombosis. Am Heart J 2008; 156: 855-63, 863 e2.
  12. Xian Y, et al. Real world effectiveness of warfarin among ischemic stroke patients with atrial fibrillation: observational analysis from Patient-Centered Research into Outcomes Stroke Patients Prefer and Effectiveness Research (PROSPER) study. BMJ 2015; 351: h3786.